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第四回レポート「瞽女という職業~共生の文化~」

2010年12月5日

瞽女という職業~共生の文化~

秋がようやく近づいてきた10/10、第四回のテーマは「瞽女という職業~共生の文化~」。
今回の『瞽女さんの唄が聞こえる』では、初めての試みとして、上映中に同時副音声がつけられました。
副音声を担当したのは、10年に渡って活動弁士として活躍し、
Bmap(Barrier free Movie for All People)というバリアフリー映画をつくる団体でも活動されている佐々木亜希子さんです。
映画のあとの第二部は、社会福祉がご専門の日本大学文理学部社会学科准教授、上之園佳子さんをゲストにお招きして「瞽女という職業~共生の文化」をテーマにトークがスタートしました。

なお、このレポートは千葉大学で高齢者施設に関するデザインを研究している小杉さんに書いていただきました。
ご自身の研究領域と重ね合わせつつの、充実のレポートとなっています。
ぜひご覧ください。

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第1部での「瞽女さんの唄が聞こえる」上映後、上之園さんは、福祉の観点から映画の感想を述べられました。

上之園佳子さん(日本大学文理学部社会学科准教授)

上之園佳子さん

<第2部>

瞽女さんたちの笑顔、迎える村の人たちの笑顔がとても印象深く、瞽女さんたちを支えている自然な形こそが、本来の福祉の姿ではないかと感じ、その一方で、あらためて一人ひとりの権利を守るための法の整備の必要性を考えたということでした。そして、座談会では瞽女さんの映画を通して、福祉や共生のお話をみなさんと一緒にできれば、と今回のテーマに対する思いを語りました。

■人間特有の行為

上之園さんが介護や福祉に興味を持ったのは「人が人を支える」「ケアする」「介護する」という行為が人間特有の行為であったということから。様々な動物がいるけれど、年老いた親を抱える猿や障害を持った仲間を支える象、そういうのはあまり見聞きしたことがない。
人間だからこそ厳しい状況の中でも、お互いにお互いを支え合うという行為が長い生活の中で営まれてきたのだということです。

■映像の中の瞽女さんの生活

映画での、瞽女さんたちが自然に人生を楽しんでいる姿や口を使って針に糸を通す姿や、庭に咲いているあじさいの香りを嗅ぎ、その花の感触を楽しむ姿に、「見えないから何もできないし、楽しめないだろうと考えるのは、目の見える私たちの一方的な考え方なのかもしれません」と上之園さんは指摘します。

実際、北欧では、目の見えない人たちも楽しめる森の散策やバードウォッチングがあり、土の香り、木のゆれる音、鳥の声を楽しむ趣味として広く楽しまれているということでした。
散策もバードウォッチングも「見えなければ楽しくないだろう」と固定概念を持ってしまいがちですが、障害があっても「同じように自然を楽しみたい」目が見えなくても生活を楽しむ、映画の中で丁寧に描かれていた瞽女さんたちの生活と通じるものを感じたということでした。

■職業の自立の視点から

多くの家が農家をしていた時代では、女性も働き手の一人で、農業を手伝うことが難しい場合、職業の選択は瞽女さんになるか、按摩さんになるかであったといいます。
しかし映画では、瞽女さんの仕事が持てる自分の力を発揮して、生計を立てて人に喜んでもらえ、自分自身が成長していくことができる職業というふうに表現されていました。
現在では、障害の持つ人への就労支援サービスが大きな支援になっており、仕事をして収入を得て経済的に自立をする、ということはまず一つ大きいことですが、それだけではなく、仕事を通じて多くの人が学ぶことができ、多くの人が自己実現に向かうことができるチャンスであると言います。
一方で難しいのは、どのように支援していくかということ。
さらに、瞽女さんという組織が成り立ったのは、瞽女の百人米や瞽女宿に見られたような、「地域で支える相互扶助の社会要請と仕組み」があったからではないかということでした。

■福祉社会制度•施策の視点から
次に、現代に至るまでの、福祉の法整備の流れについて話していただきました。
相互扶助の仕組みは、昔から日本の社会に存在していたもので、律令制度では「80歳以上の高齢者や障害のある人に必ず介護者や見守る人をつける」と法で定め、家族、子孫、親戚、地域で支えなくてはならないようになっていました。また、そこには障害の程度によって税が免除され、労働の提供の免除も記載されていました。これらの基になっていたものは、儒教の教えであり、それについては、孔子の論語の中にも記されていたことが紹介されました。

ところが明治にできた福祉制度では、障害を程度で区分し、さらに保護するという名のもとに、障害のある人たちを隔離する内容になりました。現代では、当事者自身の声が少しずつあがってきており、過去の反省をもとに「ノーマライゼーション(=高齢者や障害者などを施設に隔離せず、健常者と一緒に助け合いながら暮らしていくのが正常な社会のあり方であるとする考え方)」という概念が生まれてきたという流れになっています。
しかし上之園さんは、現行の障害者基本法、障害者自立支援法についても言及しなければならない部分があります、と問いかけます。それは、どちらの法も「支援」の言葉だけが前に出てしまっていて、本当の意味での「自立支援」というものが考えられていないのではということでした。

働きたい人が働ける、住み慣れた地域で暮らせるというような、障害者の方たちの持っている「思い」をまず考えることが、制度の基本にあるべきにも関わらず、障害を持っていない人の視点で制度や仕組みはつくられてきたこと、また、制度を整備する上で本当に大切なことが何かということについて語られました。

■共生の文化

映画では、瞽女さんたちと周りの人との相互の関係が築かれている中で、出会いがあり、知り合って、関わっていくことの重要性が描かれていました。
消えてしまった瞽女さんと地域との関わり。その中から現代における制度を考えるヒントが隠されているのではないか、そして、かつての瞽女さんのあり方を通じて、もう一度福祉の制度を見直すことの必要性、相互扶助の重要性が提言されていました。

もんてん瞽女プロジェクト

<第3部>

第3部では、上之園さんと映画を鑑賞した観客のみなさんとの座談会が始まり、瞽女さんを通して映画や、福祉の現状、共生に関するやりとりが交わされました。
また今回は、司会の斎藤さんの親戚で全盲の視覚障害を持つ岡崎さんがこの会のために岡山から盲導犬と一緒に参加してくださいました。

■瞽女さんと新潟
「瞽女さんの文化がなぜ北の方の冬雪深い山深い場所に生まれたのか」という質問については伊東監督からお話がありました。
監督によると、日本中に盲人の方はいたが、福島から北では女性の場合は、イタコになる人が多く、川越や江戸川など関東にも瞽女さんはいたようだが、最終的に高田や長岡の瞽女さんが残ったのは、新潟などは米どころで、瞽女さんに渡すお米を工面することができたことや「座」の制度が古くからあって、家元制が確立していたことにもよるのではないか—つまり、瞽女さんの文化と、新潟の風土、地域特性に関わりがあったからであるということでした。

■映画と同時副音声

今回、瞽女プロジェクトとして初めて行われた同時副音声の試みについても意見が交わされました。
映画には既にナレーションが入っているため「ナレーションの邪魔にならないような副音声を」と、佐々木さんがつくった原稿を監督と摺り合わせながら最終的に形にしていったというお話でした。
この副音声については、視覚障害者の岡崎さんから、モノクロか、カラーかの説明を入れてもらえると、映画の時代背景の感覚もわかる、逆に「お茶を入れている」などの説明はなくとも、急須の音で読み取れるという意見が出ました。
また、副音声をいれることは非常に難しいことだと思うとも言い、やはり、見える人にとってはうるさいのだろうから、必要な人だけがイヤホンで別に聞く方がいいのではないかというと感想を述べられました。
さらに、岡崎さんは、見えなくても、色のある世界に生きているから、色の説明も欲しいとお話しされました。
ご自身も美術館に行くのが大好きで、人を媒体にして絵を見ている、自分の目では見えなくとも何か波長のようなものを感じ取ることができていると思う、と色についての興味深いお話をしてくださいました。
岡崎さんの意見を受けて、司会の斎藤さんも、映画もだが、様々な制度やシステムを決める時には、色々な人と会うことや、障害のある人びとの声を聞くことの必要性と重要性についてあらためて言及しました。
副音声に関して伊東監督は、直さなくてはならない部分がわかったが、絵を説明することの難しさと語りすぎることの懸念もあり、入れるタイミングもとても難しいと感じたと話していました。
しかし、この先もずっと考えていかなくてはならないテーマと語り、佐々木さんも、作品によって雰囲気も違うし、どう伝えるのが効果的かなど葛藤はあるが、今回のように直に意見を聞ける機会がないので勉強になると、副音声の難しさと同時に今後への期待を語っておられました。

瞽女という職業〜共生の文化〜

■瞽女さんの持っていた役割

このほか、観客の方々からの発言も相次ぎました。

若い時にハンセン病で視力を失った人との交流があったという方からは、演奏する瞽女さんの笑顔、聞いている人たちの楽しそうな顔を見て、人間が役割を持つことの大きさを感じたという感想をいただきました。
「役割」というものをどう捉えるかは、時代や社会によって変わってきます。
上之園さんは、寝たきりの人にも果たすことのできる役割はあるはずで、様々な立場の役割を受け入れられる社会が豊かな社会といえると思う、と瞽女さんの姿を通して人間にとっての役割の重要性に触れられました。ほかにも「瞽女さんが地域をまわることで、他の地域の情報、役立つ情報を伝達する役割を担っていたと聞いたが」という質問がありました。

これについて伊東監督によれば、瞽女さんたちが自分の足で歩いて、隣村の情報や季節のことを伝える役割を担っていたり、親戚のように接した家では、こどものお祝いにはおみやげを渡したりということもしていたということでした。また、監督は、瞽女さんの話が美しい話ばかりとはいえないが、こういった周りの人間と瞽女さんのつながりの話などは、自分たちにとっても力になる部分があると思うと述べました。

■視覚障害を持つ方の職業選択

続いて、瞽女さんの話から現在の視覚障害者の方の職業選択へと話が広がりました。
「日本全国で30万人以上の人が視覚障害者として厚生省の統計にあがっているが、政府の行政として個人に対する職業の選択がうまくいっているか聞きたい」という質問に上之園さんが現在の就職状況を答えました。
戦後、「三療」といわれる針、灸、按摩の教育制度が整ったので多くの人教育を受けたが、今は半数以下になり、代わりに増えているのはパソコン(音声読み上げ機能のついた)を使った事務の打ち込み仕事などということでした。また、日本点字図書館の職員の方からは「全体的にはまだ三療の仕事が多いが、確かに若い世代にはパソコンの仕事が人気があると聞いていること、会社勤務の方や、大学の先生、弁護士の人もいる」という職業選択の現状が語られました。

瞽女という職業〜共生の文化〜

佐々木亜希子さん

■差別と共生

座談会の話し合いは、さらに本質的で深い部分へと進んでいきました。
「障害者の方への差別は表にださなくとも現実問題として心の奥深いところにあるが、どうすればなくなるのか」という質問に対しては「当事者が話さないと」と、岡崎さん自らがお話されました。
岡崎さんは日本の障害者観について3つの考え方があると言います。
「親の因果が子に報い」という言葉に見られるような因果応報観。それに「こぶとりじいさん」の話のような、自分と違うものに対して区別する形態異形の感覚と目がみえないから何もできないだろうという無能観などと言われてきました。
しかし、広瀬浩二朗さんの「障害者の宗教民俗学」という本には、「イタコさんはとても誇り高い人たちであった」と書かれていて、瞽女さんの文化もイタコの文化も日本の障害者観の中だからこそ培われたものなので、視覚に障害のある人たちはそうやって自分たちの立場をしっかりと拡充し、鍼灸、イタコ、琵琶法師などは日本独特のもので江戸時代から守られてきたということを岡崎さんはお話しされました。

伊東監督は、瞽女さんの話を切り口に「差別」について、以前キクエさんの妹さんに話を聞いたとき「瞽女さんたちはいろんなところを回って、唄をうたっておいしいものを食べているが、自分たちは農作業も、親の世話もあるから、よっぽど大変だった」と笑いながら言われたということでした。
目が見えないから不便、不便じゃないということは、各々の考え方次第で、この先障害を持って生まれた子たちが誇りを持って暮らせるようなシステムをつくれるかどうかは、それぞれみんなで考えていっていただきたい、と来ているみなさんに向けて監督の思いが投げかけられました。
 続けて、上之園さんも制度で変えることの難しさはあるが、その人たちが、一生懸命誇りを持って生きている姿や楽しんで生きている姿、夢を持って目標に向かって頑張っている姿を知った。障害のある人や介護の必要な人たちと接することで見えてくることがあり、変わってくることがある。まずは、いろんな人と接することができる社会をつくっていくことが必要であり、大切だと考える、と語りました。
 障害の有無に関わらず、生きていく上で人生に役割を持てることの大切さ、そして障害を持つ方や介護される方の役割を尊重することの必要性と、それらを受け入れる社会のシステムづくりが社会福祉の発達につながり「共生」へつながっていくということがわかりました。映画を見て、様々な人と触れあい、感じ、考えることができる場を提供することができる「瞽女プロジェクト」の役割の重要性を強く感じた一日でした。
 今回「もんてん瞽女プロジェクト」に初めて参加させていただき「瞽女という職業〜共生の文化〜」の回のレポートを書く機会をいただきました。このプロジェクトのお話を伺うまでは「瞽女さん」の存在すら知らなかった私でしたが、映画を観て、座談会に参加して、色々なことに気づかされ、考えさせられました。

現在大学院で「世代間交流促進におけるデザイン関与の可能性」というテーマの研究をしています。研究の対象は、高齢者施設を利用されている高齢者の方々です。
研究の調査を行う時には、現地へ行き、高齢者の方にお話を聞いて、施設で一緒に過ごし、現状を調査するというようなプロセスを踏んでいます。調査へ行くと、自分が高齢者に対しての認識が誤っていたということがよくあります。調査前に予想していたことと異なり、接して話してみて、初めてわかることがいくつも出てきます。
 映画を観た後の座談会で、伊東監督、佐々木さん、岡崎さんがお話しされていた、副音声の音声説明に対するご意見を聞いて、作り手側の難しさを知ると同時に、自分の研究活動でもそうですが、自分と違う立場の当事者の気持ちや要望を聞くこと、そこから意見を戦わせることの必要性を改めて認識しました。
 そして今回参加して印象深かったのは、瞽女さんたちの生活に見られたような「自分たちの役割を持つこと」の意味の大きさでした。それは世代間の交流の場においても同じことが言えるのではないかと思いました。高齢者だから出来ないだろうとか、わからないだろうなどとついこちらの視点で決めつけてしまい、精神的、肉体的にケアされる立場の人と一方的に考えてしまいがちな気がします。
 しかし、異なる世代、異なる立場の人、それぞれに担っている役割があり、お互いがその役割を認め合い、享受しあうことで、対等な相互の関係をつくり、交流を産み、持続していくことができるのではないかということをあらためて思いました。
 そして、上之園先生が仰っていた「福祉を考えるときのヒントは、制度やシステムだけではなく、本当は、瞽女さんの生活の中で描かれていたことの中にあるのでは」と仰っていたように、役割を持つことで、瞽女さんと村人とがつくったような相互に支え合う関係へつながっていき、さらに、そういう意識をひとりひとり持つことができる社会をつくっていくことが、共生の文化を育てていくのだというとても重要なことに気付くことができ、考えることができた素敵な回でした。ありがとうございました。

千葉大学大学院 自然科学研究科 人間環境デザイン学専攻
博士後期課程 小杉ももこ

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